the text and images below are posted from beijing, berlin, hong kong, new york, sado island and zürich. there are a few of us, and this is the space in between.

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time’sawastin’

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samples, what to say
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またやります、かっぽう着展!

京都の三条商店街のTOTTEさんで「かっぽう着展」を開催します。
昨年のGW中にここで開催した、初めての「かっぽう着展」が、日々譚の活動のきっかけを作ってくれたといっても過言ではありません。
TOTTEさんは、焼き菓子を中心とした美味しいおやつと、店主セレクトの食品や雑貨を扱うお店です。小さなカフェスペースもあるので、ほっこりしていた だけます。最近、色々新しいお店も増えて、盛り上がりを見せている三条商店街、ぶらぶらお散歩がてら、おこしください。

日々譚hibitan かっぽう着展
〜着なくなったシャツから作った暮らしの衣服〜

◆日時 2010年3月1日(月)〜7日(日)
12:00〜20:00(最終日は18:00まで)
*1、3、6、7日14:00〜 作り手が会場に居ます(オーダーもこの
日に受け付けます)

◆会場 TOTTE京都市中京区三条猪熊西入る
tel 075−801−0550  営業時間:月〜金12:00〜20:00
土日休(会期中は営業)

*会場に着なくなったシャツやブラウスをお持ちください。シミやキズがあってもかまいませんが、洗濯した物をお願いします。引き換えにささやかなお礼をさしあげます。

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acci-cocciオープン

オランダ留学時代に出会い、現地で一緒に暮らしたこともある友人、宮沢さおりさんが、昨年から家族と一緒に佐渡島に住んでいます。その彼女がベルギー人のパートナー、アルノ ムールマンと共にacci-cocciというスペースを1月16日にオープンしました。

もともと身体表現を専門とする彼女と、空間や映像を扱うアーティストである彼は、ブリュッセル→倉敷→佐渡島と移動しながら、様々なコラボレーションを 行ってきました。acci-cocciは、2人の実験の場であると同時に、あっちこっちを繋げて発信する面白い場所になりそうです。
そんなacci-cocciのオープンのお祝いに駆けつけたいところでしたが、残念ながら叶わないので、オープニングでベルギーワッフルを焼くというアルノに、かっぽう着を贈りました。なかなか様になっています!

できれば、2010年中に「かっぽう着展 in 佐渡」を叶えたいと思います。

ちなみに、ヨガの講師もつとめる友人はスペースの隣のオーシャンビュー(!)の部屋でヨガ教室をやっています。今年の佐渡行きの夢が叶ったら、そちらにも是非参加してみたいと思っています。

– cross-posted from hibi_tan | 2010-01-19 00:12

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色々模様

hibitan_collection

なかなか整理できずに放ってあったかっぽう着の写真を、明日のセミナーのために少し整理しました。パソコンのディスプレイに小さく並んだかっぽう着が楽しくって…こうやって見ると色々作ったものです。

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かっぽう着を作る一日

hibitann_blurryheads

先週の木曜日、星ヶ丘洋裁学校で秋のフェスタの特別授業として開催させていただいたワークショップは5人の方に参加していただきました。今回はミシンの設 備のないギャラリーでの開催ということもあり、当初みなさんにはエプロンの部分だけを手縫いで作っていただく予定だったのですが、参加されていた方の希望 もあり、かっぽう着作りの一通りを一緒に進めて行く内容に変更しました。そのため、作業量のかなり多い内容になりましたが、時間も大幅に延長させていただ き、なんとか5人5様のかっぽう着の出来あがりがイメージできるところまで作り、仕上げは自宅でというかたちで持ち帰っていただきました。

一 度に詰め込んでたくさんのことをしたので、参加者の方はちょっと消化不良…!?だったのでは、と心配していますが、一通り手を動かして仕上げれば、個々の 作業への理解も後から付いてくると思います。また実際着てみることでも、身体の動きと衣服の構造の関係というのも経験できます。ぜひ、また2着目、3着目 に挑戦していただき、自分に合った着やすいかっぽう着を発見していただければと思います。

後日、あちらこちらから「ワークショップ、参加したかった!」と声を掛けていただきました。今回は初めての試みでしたが、また今回の反省点を活かして、内容を整理した形で続けていけたらと思っています。ブログ上でまたご案内させていただきますね。

そ れにしても、星ヶ丘洋裁学校、ほとんど丸一日の時間を過ごさせていただきましたが、ほんとうに静かな時間のながれる、すてきな場所でした。ワークショップ が、うまく進められるかどうかとても心配でしたが、敷地内に入ると、前から知っていた場所のように心が落ち着き、その気持ちをまん中に据えて、行うことが できました。ありがとうございました。

www.hibitann.exblog.jpwww.iwishicoulddescribeittoyoubetter.net/us/anyway/kappogi.html

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京都を知るということ: a project document, getting to know your city, we walk in circles every day

このプロジェクトは、「passing通用すること」−周囲の人に気づかれないように特定の場所に入り込もうとすること、失敗すると解っていな がらも京都 の日常生活に忍び込もうとすること‐の問いかけとして開始されました。しかし、「言語」、そして「出自」に対する問いかけは、よりいっそうアイデンティ ティ意識を高めることになり、そして「passing」は「passing back and forthやりとりをすること」といった意味でより私の関心をひくようになりました。言語や意味の交換は、私にとって人やもの、場所の間の距離をたどる ための手段となったのです。どこへ行こうとも−アーバン・プランナー、旅行者、あるいは地元住民、どのような者としてであれ−、私たちは自 身を取り巻く環境と関係を取り結ぼうとする 生来の、そして本能的なマッピング・プロセスを持っています。しかし、地図が私たちにもたらす最大の錯覚とは、土地は整然とした図面や格子で表現され、川 は図式化された形として表現されているにも関わらず、そこに信頼性や具体的な客観性があると思わせてしまうことです。実際、都市の表象としての地図は、空 間に固定された地点の軌跡であるが故に「物語」の多様性を示しているともいえるのです。したがって、京都を学ぶことは、実際の変数を知るというより、同時 に起こる「活動の結果」について知ることになるのです。同じ意味において、アイデンティティは行為に基礎を置いています。ミシェル・ド・セ ルトーは「何かをしようとする意志(un vouloir-faire)」によって人間を評価します。そしてその意志は私たちが、普段繊細なメタ・コミュニケーションの中でバランスをとっている現 実と願望、ありのままのものと加工されたもの、伝えられたものと受け取られたものの間にあるギャップにあると私は考えます。そこでは、かつて確実性を持っ てとらえられていた時間と場所はもはや確実性を失うのです。‐そして、私たちは日々円を描いているのです。This project began as a question of ‘passing’, of trying to insert oneself into the situation invisibly, of slipping into the daily life of Kyoto in a premeditated failure of assimilation. But very quickly, language and the question of nativity led to a much more relational sense of identification, and ‘passing’ became much more interesting in the sense of ‘passing back and forth’. Language and the exchange of meaning became the tools with which to trace the distances between person, object and place.Wherever we go, whether as tourist, native resident or urban planner, there is an inherent and instinctive mapping process with which we engage our surroundings. But the greatest illusion of the map, however, is its misleading sense of authority, of concrete objectivity in the face of a neatly laid out plan, a grid or a logically designed river. In fact, the map, as an image of the city, is a multiplicity of narratives inasmuch as it is a trajectory of points fixed in space. To learn about Kyoto becomes less about a real mapped variable than a simultaneous ‘result of activities’.In the same sense, identity becomes based upon production. de Certeau measures being by “un vouloir-faire”, or will to do, and it is within these gaps between reality and aspiration, natural and fabricated or transmitted and received that we find the rhythms of a delicate meta-communication. The former rooted-ness of time and place are no longer valid. We walk in circles everyday.

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situational suberu, kamogawa
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in awe of john cage, in awe of the river. they say it’s beautiful this time of year, the sakura, a regular-sized city. so far they’ve all said they live somewhat outside of the norm. it kept coming back to me, when she laughed last summer about the people lining the river, sitting evenly spaced apart. k-sensei said the same thing as we drove past yesterday, he said when he first came to kyoto he was shocked. but i couldn’t hear him so well in context. i tried to ask him to say it again. those people spaced evenly apart, you know, natural phenomenon? what do you mean? wakarimasen. it’s just that. oops, mou ichido suberu, that uncomfortable smile, for f so complicated, okashii, 可笑, but does that mean funny or just weird? weary, wary. you back out in your uncomfortableness and the firecrackers light, that feeling of justice followed by inefficacy. sigh. lying on back again. standing up to stretch back again. eyes closed, willing eyes closed. ¿lucio, donde estás? they say it’s lovely this time of year, kyoto, and the things we do not see or say. slip. suberu. 如果这个能看懂, あなたがこのメッセージを理解しているなら, se entiendes este mensaje, meet me here, right now, a regular-sized city. we walk in circles every day. jing du is for sale.

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